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晴れ。
午前中は穏やかな晴れ。気温は上昇。
徒歩で医者へ。
「遠い」とか「近い」とか、そういう感覚もなくなっている。
相対的な基準がないと判断できない。
急いでいるとか、余裕があるとか、そういうものがなくなってしまうと、距離感さえわからなくなるのだ。

自動ドアの奥の待合室は、とても空いているように見えた。
待っていると、出たり入ったりが多い。そして、なかなか呼ばれない。
待ち時間が長いため、院外へ出ている人も多いのかもしれない。

診察では、

・体調も悪くないこと。
・落ち込むことも少なくなったこと。
・1ヶ月の休職期間なので、今後どうしたらいいのか。

など、相談する。

・落ち込まないのはクスリが効いていること。
・量がそんなに多くないので、いざという時は増量できること。
・青森の医者に連絡してくれるとのこと。
 (これは、いつ行くことになるか決めていないので、手紙にしてもらった。)

で、とりあえず3月後半の復帰に向けては動いてはどうだろう、という話。
来週くらいに一旦青森のつくしが丘に行ってみようと思う。

   ☆

帰り道もポカポカ暖かく、遠回りをして帰る。
空が青い。
雲がない。
雪がないのが、ちょっと寂しい。

   ☆

夜、弟くる。

目覚めるも頭痛なし。
天気が良いので、とても暖かい。
日向で本を2冊ほど読んだり。
気がついたら昼寝していたり。

ちきりん氏の「ゆるく考えよう」あたりが、凝り固まった価値観をほぐすのにはちょうど良い感じだった。
(こちらは、2回目読み返したりしてる。)

家で、新聞の夕刊を取り始めてくれたので、文化面のいろいろな情報が入ってくる。
面白そうな本がたくさんあるのだが、いかんせん、私は読むのが遅い。追いつかない。
人生の持ち時間がみんな平等だとしたら、やっぱり密度が違うんだろうな。
私は希薄な人生でも仕方ない。

   ☆

夕方、散歩をする。
近所で梅が咲いていた。
ずっと住んでいたのに、気付かなかったな。

最近、日付を超えて起きていることはほとんどない。
先日までの生活(午前2時就寝)を考えると、人は変われるものだな、と思ったりする。
そもそもが、就寝時間を引き延ばす要因から遠ざかっている、というのはあるのだけど。

寝なければ明日にならない。そんなことはない。

翌日のことを考えず、安心して眠れる、というのは、幸せなことだ。

   ☆

早く寝るからだろうか、たまに夜中目が覚める。
正確には、眠っているのだけど意識が動き出す、と言った方がいいかもしれない。
この状態で身体を動かそうと思っても上手く動かず、「金縛りだ!」と認識することはたまにある。
今回に限ってはちょっと違った。

このまま、意識(もしくは魂というもの)だけを身体から抜け出させられるに違いない、と思った。
目覚めているのか眠っているのかわからない、その曖昧な意識の中で、ボクは布団の上から自分を見てみようと考えた。
ボクの中の幽体離脱のイメージは、自分の姿を上から眺め、「あれ? どうして自分があそこに居るの?」と気付くことが王道だからだ。
さぁ、飛び出すぞ! ……と思っても、いつまで経っても天井しか見えない。上空から見たらこんな感じだろう、というイメージはできるのだが、それは「イメージ」であって、視覚的に認識したイメージとは違う。

もう少しだ、もう少しだ、もう少しだ……

とがんばっている間に、「もし抜け出した場合、戻る方法はどうするんだろう?」など、少し先の未来のことを考えてしまい、集中が途切れた。
これではもはや、身体から抜け出せない。ただ、金縛りに遭っているだけだった。

幽体離脱はあきらめ、金縛りも「わかったよ、ちゃんと起きるよ」と目を見開いてカッと起きて振り解き、こんなになってもまだ、この世に留まることを心の底では求めていたんだろうか、と自分の優柔不断さにガッカリした。


満月で外は明るい。
また、すぐに眠りに落ちた。

屋根裏を片付けて、さらにいろいろなものを捨ててやった。
少しずつスッキリしてきた。

中学2年生の日記があった。
大学ノートに何冊も書いた。
これは封印したままにしておいた。
これは危険な書だ。黒歴史だ。

   ☆

考えてみれば、あの頃から生きている実感がない。
「夢を持たないと」という焦りだけを書き殴ったが、特に夢はなかった。

食べるという行為そのものが、その頃とても気持ち悪かった。
飯を一口食べる度に、この食費を稼いでくる両親に申し訳ないと思いつつ、

「なんで働くんだ?」

と半分理解できていなかった。
動物番組で、餌を捕ってくる親鳥を、よく思い浮かべていた。
咀嚼というメカニズムによって食べ物が混沌とすり潰され、飲み込まれていくことにクラクラした。
それでも食べなければいけない、食べようと思う本能に悩まされた。


なぜ生きる。
なぜ生きねばならぬ。
なぜ生まれる。
なぜ生まれてこなければならぬ。


解決しないまま時が流れ、今、決算しないといけない状況に追い込まれているような気がしてならぬ。

この頭痛の原因はなんだ?
毎日肩こりが激しい。
パソコンばかりやっているわけでもない。
本ばかりでもない。
ボーッと窓の外を見ている。それで肩が凝るものか?

   ☆

朝から病院に行き、頸を見てもらう。
レントゲン撮られる。去年から、いろんなところでレントゲン撮られている。被爆している。福島で廃炉の手伝いをした方がいいかもしれない。いや、マジでそんなことを思う。俺には、防護服なんて要らない。

検査結果は問題なし。ただ、長引いているので頸のトレーニングが必要らしい。
「肩こり体操」を教えてもらう。
ロキソニンの塗り薬が処方される。
飲んだら効くかな。

赤ちゃんを抱えたお母さんも医者に来ていた。
じいさんばあさんもたくさん居た。
「俺も死ぬんだな」って、こういう感覚か。
ちょっとわかった。

   ☆

日なたに座っていたら寝ていた。
ワンコも傍らで寝ている。
老後ってこんな感じか。
日が陰ると寒い。



確実に脳味噌が溶けている。
昨日のことがわからなくなってきた。
社会復帰が困難な気がする。


職場復帰について考えないとな、と思うんだけど、ちょっと思い出す度に、あの職場では成果を出さずに迷惑をかけまくっているので、いっそ辞めてしまった方が世のため人のためだという思いから逃れられない。

「やるぞ!」
「振り切るぞ!」

という気持ちが出てくるまではNGなのか。
それとも、クスリを使ってそういう気持ちにさせながら、いろいろなものに対峙していくべきなのか。
その切り分けができないから、今週にでもちょっと相談してみないといけないとは思っている。

そろそろおしまいの日がくると思う。
自分で決断する前に、巨大隕石が落下して世界が滅亡してくれればいいのに。


世の中の3月3日は桃の節句、ひな祭り。
関係ないんだけど、ひな祭り。

相変わらずの頭痛により、朝からテンション下がりまくり。
頸から来るんじゃないかと、低周波治療器で治療してみるんだけど、イマイチ。
年末のむち打ちも多少影響していると思うのだが……

我慢できなかったので、バファリンを飲んだりする。
半分の優しさで殺してくれ。

朝から頭痛。
この頭痛に関しては、いくつかの原因を抱えていると勝手に思っているわけであります。

1.まぁ、ただの体調不良
とりあえず、だからなんだってやつです。風邪かもしれないし、ひどい寝不足かもしれない。飲み過ぎかもしれないし……まぁ、問題がないと思えるヤツです。
体制に影響がないので、我慢して何とかなると思う。

2.頸から来るヤツ
昨年末に後頭部・背部から大転けして以来、ずっと頸が痛い。ついでに頭も痛い。これが未だに治らない。正直なところ、「一生付き合っていく怪我になったな」と思っている次第。
頸が痛いと、そのままこめかみ付近も連動していたくなる、ってことが多々ある。
常に肩が張っている状態で、これがかなりしんどかったりする。
毎日湿布貼ってるのは、根本治療ができず、「できることは、痛み止めだけです」とお医者に言われたからです。
面倒だから、早く死んでしまいたいと思ってる。

3.クスリがあわない
以前処方されたサインバルタを飲んだときに身に降りかかった頭痛は、あれはとても苦しいもので、一睡もできずに朝を迎えた日もありました。みどり心療内科の先生に話をしたら、「俺の処方に文句があるのか!」的に怒られて凹んだんですが、あれ以来、クスリとの相性はドキドキです。
今回、量を減らしてもらったとはいえ、サインバルタが継続なので……それ、ドキドキ。

あと、コンスタン錠(0.4mg)がカームダン錠(0.4mg)に切り替わったので、もしかしてそれも悪影響?(でも、1週間飲んでいるし問題ないと思うのだが。)

4.寝てない
夜中に変な夢を見たり、目が覚めるんだ。仕事っぽいことなんだけどね。
ま、結局自分が何もできないことを指摘される、みたいな。
君、来なくていいよ、みたいな。
毎日ではないけど、そんな日もあります。

一方、堀北真希が出てきたときもありました。かわいかった。

   ☆

頭痛は、処方されているクスリの他に鎮痛剤を飲んで、寝込んだなら治りました。
お昼には何とかなったので、身辺整理を継続しています。
青森のいろんな荷物も処分しないと行けないから、そろそろ帰りたいとも思えてきました。

会社には行けるかな。
仕事、できる自信はないな。
この休みで弱みが克服できたわけじゃないから。

近い将来、日本人の2/3は結婚しない、独居世帯になるだろうとのこと。
多数決で民意が反映される社会においては、全くの多数派。喜ばしいことだと思う。

ただし、いびつな人口ピラミッドは是正されることはなく、生産者からリタイアした人々は、効率的な福祉によって生かされるんだろう。
でも、それすらも悲観には値しないと思う。

何十人、何百人が集められ、画一化された部家に配置され、一定の割合の医師や介護士が面倒を見るように、効率的な介護サービスを受けられるんだと思う。
人権だって保たれるさ。
それだけの人が集まっているんだから、同じような趣味、話題を持った人たちで集まって話をすることもできる。
決して寂しさなんてない。

ある日突然なくなったとしても、システマチックに葬儀が行われ、仮葬され、土に帰る。

あと30年もあれば、それくらいの社会システムはできあがるはず。
全くもって心配ない。

ひとつだけ、もう少し楽しく生きようと思ったら、できれば友達を作っておくくらいか。

   ☆

むしろ、少数派となる家族持ち、家庭持ち、子持ちの方に、大きなとばっちりがあるかもしれない。
社会資本で十分なケアが成されるのではなく、自己解決が求められるのは、独自でコミュニティを構築できる「自由な」人たちの特権! 自由に対する責任というやつ。

一方わたしは、自由と引換に、安らかな死を待つだけの時間を苦労せず与えられるんだ。
何も考えない。
もう何も考えないぞ。

身辺整理の継続。
屋根裏部屋の遺物(汚物)をひたすら捨てる。

何をやっているのだろうか。
整理整頓をするということは、今後も生活を続けるということだ。
どうでも良ければ、気にする必要はないことだ。

ひとつハッキリしていることは、ものによって身体性の拡張が成されているならば、それを捨てていくってことは自傷行為だ。だから、今は心地いいのかもしれない。
本を捨てるということは、痴呆を連想する。脳味噌に入りきらなかった知識をむざむざと捨てていくことで、自分の能力をどんどんそぎ落とす。だから、今は心地よいのかもしれない。

とにかく、抱えすぎなんだと思う。
何も要らない。
最終的には、いのちさえ要らない。
魂さえも。


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