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アート系の雑誌を見ると、つくづく、

・極一部の飛び抜けたアーティストと、
・たくさんの評論家と、

によって作られている世界だなぁ、と感じます。

陶器など、絵画とか石膏像、ブロンズ像とは違う「日常のツール」なんだけど、こいつを芸術にまで高めるのは、評論家の「ここが素晴らしい!」を伝える豊富な語彙力が欠かせない。
(もちろん、言葉なしでも「美しいな」と思えるものもあるけど。)

ひび割れとか、塗り漏れ・塗りむら・垂れとか、「失敗じゃん!」と思うんだけど、評論家の手にかかると、それも味にになる(個性になる)ので、もうわからん。

ひとつ言えるのは、よくわからない作品でも、高額で取引されたらそれは客観的な事実になるってこと。また、ブローカーの評価も、これまでの流通総額って事実なんだろう。

そういう「世界」を創るってのも、それはそれで芸術的だと感じる。


私は、数百円〜千円ちょっとのマグとか湯飲みでいいです。
興味ないものに蘊蓄は要らないし、ありがたくもねーな。


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