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川内原発の再稼働差し止めを認めない判決が出ましたが、客観的にはまともな判断だと思う。
裁判所が法解釈に基づき判断をしていることを前提として、

・所定の手続きを踏んできた九電側
・未知数な可能性(確率)を前提にした原告側

とでは、そもそもが「判断できる対立ではない」のだと感じる。
これを不当判決と呼ぶならば、私が社会に対して抱く漠然とした不満に対して対処してくれない国を相手取って裁判を起こすことだってできてしまうのだから。
さて。
行き過ぎた安全要求は放射線に対するものだけではなく、食品やら騒音を含めた環境やら、主観により項目もレベルも様々である。
それを調整する機構が法律やガイドラインであるならば、まずその機構を見直すところからスタートしなければなるまい。一気に結果を覆そうとしても、根拠が足らない。今回の判決でヒステリーに「不当だ」と騒ぐのは簡単だが、安全性・危険性の判断を積み重ね、プロセス自体も検証することで、「合法」とされた根拠をひとつずつ丁寧に否定していくことが大切だ。

また一方、資本主義的には、代替エネルギーのコストを抑える努力というものも必要なのだと思う。
それこそ脱原発を希望する人々が出資し合い、大規模な電力ファームを全国展開してコストを下げるような努力がなされているのか。
日本は世界的にも個人の寄付額が少ない国だと聞いたことがあるが、活動費を自分の主義主張のマスターベーションに使うのではなく、あるべき姿に変えるための事業に投資してはいかがか。それをなぜやらない。
他人のふんどしで相撲を取って、ふんどしに文句を言うことは、気が狂ってる。

   ★

私は風車が好きだ。
そのひとつに名前を刻んでくれるなら、是非とも出資したいとも思う。
原発も好きだが、風車も好きだ。
いやいや、私は人間の英知の塊だったり、進歩性だったりが好きで、高度な知能を持った生命の一員としての誇りでもある。

一方、合理的説明もできない、心情的にも相手を動かせない、思い通りに行かないから「相手は馬鹿だ」と罵る、そういう知性の低い言動に対しては嫌悪感を感じる。
合理的でなくてもいいし、泣き落としでも色仕掛けでもいいので、是非とも、私の考え方の根本を変えるような、目から鱗のコミュニケーションをとっていただきたいものである。

音楽家や作家が訴えるようになってきているのだろうけど、それを支持する人達は、彼らの作品に共感しているじゃなくて、音楽家や作家が発する言葉が好きなんだな。スタイルが好きなんだろう。

「完璧な原発などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

「六月にデートした女の子とはまるで話があわなかった。僕が南極について話している時、彼女は原発のことを考えていた。」

「僕が三番目に寝た女の子は、僕のペニスのことを『あなたの原発』と呼んだ。」

「どうせ原発の話だろう」とためしに僕は言ってみた。
言うべきではなかったのだ。受話器が氷河のように冷たくなった。
「なぜ知ってるんだ?」と相棒が言った。
……とにかく、そのようにして原発をめぐる冒険が始まった。

……まぁ、これくらいのことは作品に書いてくれ、と。

   ★

ま、反原発派からは、その辺が全く感じられないので、結果的に、反脱原発派になっているだけだ。
反原発派のアピールってのは、逆にネガティブなキャンペーンになっているんじゃないのか? 自分たちの活動、見直した方がいいと思うよ。
頭悪そうに見えるから。

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